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甘い生活・2



「はい、ちょっくらゴメンなさいよ」

唐突に、物憂いフォトフレームの中にいるような二人の間に、スーパーの列に割り込む

オバハンのごとく、店員がグラスをドンと置いた。

「チヨコさん、ウォッカ・トニック一丁、お持ちしました」

「あ……ありがと」

反射的に礼を言ったものの、その、店員としては不作法な態度に、チヨコは思わず振り返った。

そこに彼女が見たものは…

「誰だろあの子……」

彼女と目が合った時、彼は見下ろすような微笑を浮かべ、そのまま踵を返した。

まだ二十歳そこそこと思われる容貌にしては、不相応に小生意気な態度だったが、

それに加えて短く刈られた、白というか灰色というのか、ほの暗さの中にチラチラと光って

見える、銀のような色に染められた髪が、強烈な印象を与えた。

「初めて見る顔ですか?」

やや意外そうに、隆木が問うた。

「え? ええ……」

「『チヨコさん』なんて呼んだから、余程親しいのかと思いました」

それを言われて、初めてチヨコもハッとした。店長は例外としても、店員は、まず彼女のことは

「瀬賀さん」と呼ぶ。馴れ馴れしい、と即座に思わなかったのは、それ以上のインパクトが

他に有ったからだろう。いかにもあの店長の好きそうな、線の細い青年だった。

そんなことを考え込んで、ふと顔を上げると、隆木と目が合った。

いつもより、一センチ程距離が近かったことで、チヨコはビクッと背を伸ばした。

その様子に隆木は苦笑して、しかしそれを彼女が気にする間も与えずグラスを取り、

「取りあえず、お疲れ様でした」

「あ……有り難うございます」

こんな時、チヨコは自分の年に似合わぬ不粋さに嫌気がさす。もっと自然に、意識しすぎずに

したいとは思っているのだが。スマートに接しているようでいて、こんな瞬間、そのボロが出る。

それも隆木が、いつも実に紳士的な配慮でフォローしてくれる。申し訳なく思っても、結局

その繰り返しばかりだった。だが、隆木の気遣いを無にすることもないので、何とかそこから

いつものように会話を繋げる。



「――あ、店長」

しばらく経って、ちょっと席を立ったチヨコは、レジの横で店長に声をかけた。

「何か、アタマ銀色みたいな男の子。あれ、誰なの?」

「ああ、玲都(れいと)? 今週から来てもらってる子。 何処からともなく、ふらふら〜っと現れてね。

 そう、チヨちゃんのファンだって言ってたわよ」

「えー?」

意外なことを言われ、チヨコは眉をひそめた。

「店長……いっくら可愛いコだからって、それで雇うってのはないんじゃないの? あの子、

 接客態度にモンダイ有りだと思うんだけど。 さっき、ちょっと顔合わせただけだけど、

 何か従業員らしからぬ高飛車っていうか……」

「アレも持ち味だから。確かに生意気なんだけど、可愛くて、憎めないところない?」

「そりゃま、確かにね……」

やたら大人びたような目でいて、子供の悪戯っ気を逆手に取ったような所があるから、

それに対して腹を立てるのも、大人げないかという気になる。

「これでも水商売でウン十年やってるから、人を見る目は有るわけよ。あのコは大丈夫だって」

「店長、あのタイプに弱いからなぁ」

溜息にも似たチヨコの言葉に、店長は煙草を持った片手を振って、

「あのコ、絶対育ちは良いって。大体、最初はピアノ弾けるから使ってもらえないかって

 来たんだから」

「へぇ〜……」

確かに、少し乱れたような、危なげな色気を漂わせてはいるが、何処となく上品な雰囲気をも

まとっている。むしろ昼間の街中などで会ったなら、その育ちの良さそうな面が先に、

目についていたことだろう。

「でも、そんな子が何してるのよ、ここで」

「取りあえず未成年じゃないっていうから、良いんじゃない? 家出少年とかだったら

 置いとくわけにもいかないけど。まあ、チヨちゃんもよろしく頼むわ」

「頼むって言われても…私は何もしないけど。何っかイヤな予感するなぁ、そういうの」

この時のチヨコの予感は、想像する間もなく的中することになった。



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